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病名別漢方治療
  • 更年期障害

更年期障害の漢方治療

西洋医学的概念

1. 更年期障害とは

日本産婦人科学会の産婦人科用語解説集(改訂第4版)では、「本邦では,閉経前の5年間と閉経後の5年間とを併せた10年間を「更年期」という。」「更年期症状の中で日常生活に支障をきたす病態を更年期障害と定義する。更年期症状、更年期障害の主たる原因は卵巣機能の低下であり、これに加齢に伴う身体的変化、精神・心理的な要因、社会文化的な環境因子などが複合的に影響することにより症状が発現すると考えられている。」と記載されています。

更に「更年期に現れる多種多様な症状の中で器質的変化に起因しない症状」を更年期症状と定義しています。

但し国際的には、更年期という用語は使われなくなってきており、STRAW+10(女性における生殖に関する加齢を10のステージに分類したもの)に基づいて記載されることが多いようです。

2. 更年期障害の原因

日本産婦人科学会のホームページによると「更年期障害の主な原因は女性ホルモン(エストロゲン)が大きくゆらぎながら低下していくことですが、その上に加齢などの身体的因子、成育歴や性格などの心理的因子、職場や家庭における人間関係などの社会的因子が複合的に関与することで発症すると考えられています。」と記載されています。

ホルモン分泌の観点からみると、間脳の視床下部からゴナドトロピン(性腺刺激ホルモン)放出ホルモン(GnRH)が分泌されて脳の下垂体を刺激すると、下垂体からゴナドトロピン(性腺刺激ホルモン)が分泌されます。ゴナドトロピンには、卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体形成ホルモン(LH)があり、FSHとLHの働きにより、主に卵巣から女性ホルモン(エストロゲン(卵胞ホルモン)・プロゲステロン(黄体ホルモン))が分泌されます。

一方で、血中の女性ホルモンの濃度が上昇すると、ネガティブフィードバックにより視床下部や下垂体に抑制をかけ、FSHとLHの分泌が調節されています。卵巣機能の低下により、エストロゲンの分泌が低下し、そのため、ネガティブフィードバックが弱まり、FSH、LHの分泌が増加します。

更年期障害は過剰分泌されたFSH、LHが自律神経中枢に影響を及ぼすために発生すると考えられています。

3. 更年期障害の症状

更年期に現れる多種多様な症状の中で器質的変化に起因しない症状を「更年期症状」といいます。
月経異常、のぼせ、ほてり、発汗、目眩、動悸、手足の冷えなどの自律神経失調症状、イライラ、焦燥感、抑鬱感、意欲低下、不眠などの精神神経症状、その他、頭痛、腰痛、肩こり、関節痛、しびれ、消化器症状などの様々な不定愁訴がみられます。
更年期障害は症状が多彩なことが特徴の一つですが、これらが他の病気による症状ではないことを確認することが重要です。


漢方的概念

1. 定義

女性が絶経期(閉経期)を迎え、月経停止することを「経断」または「経絶」といいます。また、絶経前後に出現する閉経に関する一連の症候を「絶経前後諸症」或いは「経断前後諸症」といいます。
主な症状としては、下記のようなものがあります。

更年期障害(絶経前後諸症)の代表的症状

月経症状月経周期錯乱、月経過少或いは月経過多、崩漏、経閉など。
精神神経症状急躁易怒、精神抑鬱、不安、失眠健忘、気怯、驚恐、神疲乏力など。
自律神経失調症状烘熱汗出、潮熱面紅、頭暈耳鳴、心悸、頭痛、頭重、盗汗、手足煩熱、肢冷、咽中炙臠、腰背酸痛、肩痛、関節痛、浮腫、四肢麻木、蟻走感、皮膚掻痒、悪心嘔吐、腹痛、便秘、下利、食少、頻尿、残尿感、排尿痛など。

これらの症状の出現や程度は様々であり、数ヶ月で回復するものもあれば、数年続くものもあります。
更年期障害(絶経前後諸症)は、加齢に伴って腎精が減少し、その結果、肝、心、脾に影響を及ぼして発生する陰陽失調です。
腎精は五臓六腑を機能させる原動力であり、腎精の不足による五臓の衰えにより、気、血、津液、精の生成も減少し、身体の恒常のために消費されると衝任に蓄えるほど余裕がなく、閉経に至ります。また、気、血、津液、精の不足は、更に五臓の機能を失調させ、各臓腑間の関係も変調をきたします。
しかしながら、加齢による腎精の減少は必然的に生じますが、全ての人が本症に悩まされるわけではありません。また、症状の種類や程度も十人十色です。これは、本症の発症には、身体的な要因だけでなく、精神的、環境的な要因が、関わっているためであります。
更年期を過ぎて、急速であった腎精の減少が緩やかになると、機能が衰えたなりに落ち着き、精血不足の状態での調和を回復し、更年期障害の諸症状は鎮静化します。
更年期障害の漢方治療は、急速な腎精の減少による乱れの幅を小さくしていくことを目標とします。


漢方的にみた更年期障害の発生原因

1. 老化

漢方では「腎は精を蔵す。」といいます。
加齢による腎精の減少は必然的に生じますが、全ての人が更年期障害に悩まされるわけではありません。しかしながら、腎精の減少が急速だと、陰陽のバランスがくずれ、腎陰虚や腎陽虚などの病証を引き起こし、様々な症状に発展します。

2. 先天不足

精や血などが生まれつき不足気味の方は、更年期になると腎精や肝血、心血などを消耗しやすくなるため、疲労倦怠感やイライラ、不安感、不眠などをはじめ、様々な症状が発症しやすくなります。

3. 慢性疾患、過労、睡眠不足、房労過多、流産、中絶

上記のようなことも腎精を損傷しやすいため、更年期障害を引きおこす要因となります。また、腎精だけでなく、心や肝の陰血や脾気なども消耗するため、諸症状の悪化の原因となります。本来は閉経前から、腎精を補う漢方治療をしておくと更年期を楽にのりきることができますし、普段の体調も良くなります。

4. 精神刺激

腎精は五臓六腑の原動力であり、そのため更年期に腎精が急激に減少すると五臓六腑の機能が衰えます。イライラ、不安、思慮過度などは、弱っている肝、心、脾、腎などをさらに痛めつけるため、更年期障害を悪化させます。

5. 胃腸虚弱

腎精は、飲食物から得られる水穀の精微により補充されています。また、気、血、津液は、水穀の精微から生成され、全身の臓腑、組織、器官を滋養し生命活動を維持しています。胃腸の機能が虚弱だと、精をはじめ気、血、津液の生成が不十分になり、五臓六腑などの機能も衰退するため、更年期障害を悪化させます。

6. 飲食の不摂生

飲食の摂取不足や偏食などから栄養が不足していると、胃腸虚弱の例と同じように、気、血、津液、精の生成が不十分になり、更年期障害を悪化させます。また、辛い物や味の濃い物、脂っこい物などの過食や飲酒過多などは、心火、肝火、痰飲、瘀血などの病邪を生じ、更年期障害を増長します。


漢方的にみた更年期障害のしくみ

前述のように更年期障害(絶経前後諸症)の基本病機は、腎精の減少による陰陽失調です。腎精の減少から閉経を迎え、生殖能力が低下し、陰陽の平衡が崩れ、陰陽偏衰となると陰虚に偏るもの、陽虚に偏るもの、陰陽両虚となるものなどの証候が現れます。更に、それらが心・肝・脾に波及することも多くみられます。

1. 腎精の減少

「腎は精を蔵す。」

加齢に伴って腎精が減少し、腎陰虚や腎陽虚に発展します。

2. 腎-肝

「肝は血を蔵し、腎は精を蔵す。」

「精血同源」により、腎精から肝血が生成され、肝血は転化して腎精となります。そのため、腎精が不足すると肝血・肝陰も減少します。
肝血虚や肝陰虚から肝の疏泄が失調すると肝気鬱結を伴います。精神刺激があればより悪化します。肝気鬱結が長期にわたると化火し肝火上炎となったり、或いは気滞血瘀を生じることもあります。また、肝腎陰虚から肝陽上亢に発展することもあります。

3. 肝-脾

「肝は血を蔵し、疏泄を主る。」「脾は統血・運化を主り、気血生化の源である。」

肝の疏泄失調により脾の運化も失調し、肝脾不和(肝鬱脾虚)となります。脾虚のため生化不足となり精血はますます不足します。また、脾虚から痰を生じ、痰気鬱結や胆鬱痰擾などから精神症状に影響します。

4. 肝-心

「心は血を主り、肝は血を蔵する。」「心は神志を主り、肝は疏泄を主る。」

肝血が不足すると心神を滋養できず、心血虚を生じます。また、心血虚が慢性化して、肝血虚を生じることもあります。このように心血虚と肝血虚は互いに影響しあって、心肝血虚になりやすくなります。

5. 肝-衝任

「肝は血を蔵し、疏泄を主る。」「衝は血海なり。任は胞胎を主る。」

肝血虚になると衝任脈に血が満たされず、衝任脈や胞宮の機能が衰えます。また、肝の疏泄失調から、衝任脈の機能が失調し、経行先後無定期などの月経の乱れが生じます。

6. 腎-心

「心は陽に属し、上焦にあり、その性質は火に属す。」「腎は陰に属し、下焦にあり、その性質は水に属す。」

腎陰虚のため心陰が滋養されずに心陰虚を生じたり、陰虚火旺から心火旺となったり、また、腎陽虚から腎水を蒸騰出来ず心火旺を引き起こすなどの異なるパターンの心腎不交を生じます。腎-肝-心の三臓が連携するパターンもあります。

7. 腎-脾

「脾は後天の本であり、腎は先天の本である。」

脾陽は腎陽によって温煦されており、脾の運化による後天の精が気化して、腎精を補充しています。腎精の不足から、陽気不足となり、脾の運化失調を生じたり、脾虚による生化不足から、腎虚を加速することもあります。

8. 心-脾

「心は血を主り、脾は生血・統血を主る。」

脾気の不足から生血不足となり、心血虚を生じると不安感や動悸などがみられます。また、心血虚のため心神を滋養できず、不安感から思慮過度となると、思慮傷脾となり、脾の運化失調による生化不足から更に心血虚となります。

☆「更年期障害」のしくみ・全体図


更年期障害の漢方治療のポイント

更年期障害は、腎精の減少が根本にあり、その部分が、一般的な自律神経失調などと、大きく異ります。様々な不定愁訴がみられますが、その基本病機は腎精の不足になります。

また、更年期障害において、十人十色の症状を治す治療を標治、根源となる腎精の不足を補う治療を本治といいます。標治と本治を併行しておこなうこと(標本同治)が、必要であり、治療の早道となります。また、事前に腎精を補っておくことは、更年期障害を予防するコツとなります。また、更年期は、五臓六腑が不安定になっているため精神的にデリケートになっています。イライラ、不安、思慮過度などに反応しやすくなるため、上手にストレス解消することも大切です。

更年期は、次にくる新しい人生の節目のような時期です。漢方を上手に使って、快適に乗り切りましょう。

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