膀胱炎
膀胱炎とは、「膀胱」が炎症を起こす病気です。
その原因は、大腸や直腸などに潜んでいる腸内細菌などが尿道から感染することによるものが多いですが、その他にも、薬剤の影響、放射線治療の副作用など、多岐にわたります。また、過労などにより免疫力が落ちると、膀胱の中の細菌の量が増え、膀胱炎になりやすくなります。
女性は男性よりも尿道の出口から膀胱までの距離が短く、細菌が膀胱にたどり着きやすいため、膀胱炎を起こしやすくなります。また、閉経後の女性は腟にいる常在菌が減っているため、膀胱炎を繰り返しやすい傾向にあります。
細菌感染による膀胱炎は、急性単純性膀胱炎と慢性複雑性膀胱炎に分けられます。
急性単純性膀胱炎は、尿路に基礎疾患のない人の膀胱炎で、大腸菌の感染によるものが80%といわれています。慢性複雑性膀胱炎は、尿路に尿停滞、異物(留置カテーテルなど)、持続的細菌源、あるいは全身的抵抗力の低下などの基礎疾患があり、そのため慢性に経過する膀胱炎をいいます。基礎疾患を治癒することが感染症の治療につながります。 また、慢性複雑性膀胱炎には、しばしば複数菌感染がみられ、その原因の30%は、大腸菌ですが、残りの70%は弱い細菌によるものです。
症状としては、一般的に、急性単純性膀胱炎よりも軽度、もしくは無症状ですが、慢性複雑性膀胱炎の原因の70%を占める弱い細菌は、大腸菌に比べて、抗菌薬によって殺されにくいため、完治しにくく、くり返しやすくなります。
この他、細菌感染以外の膀胱炎症状を呈する疾患として、出血性膀胱炎、放射線性膀胱炎、好酸球性膀胱炎、間質性膀胱炎、膀胱上皮内癌などがあります。
膀胱炎は、漢方では「淋証」に属します。「淋証」は、排尿痛、頻尿、残尿感、排尿困難などが現われる病証のことをいいます。
淋証の分類
淋証は、排尿痛、頻尿、残尿感、排尿困難などは、共通の症状ですが、それぞれの特徴的な症状により、分類されます。
排尿時に灼熱感と刺痛を生じる「熱淋」、尿に血が混じり、渋痛を伴う「血淋」、少腹部の脹満、脹痛、小便艱渋、尿後余瀝などがみられる「気淋」(気滞によるものと気虚によるものがあります。)、尿中に砂石を排出し、尿路の砂石により激痛を生じることもある「石淋」、尿の出が悪く混濁している「膏淋」、過労により発症しやすい「労淋」、寒さや冷えにより発症及び加重する「寒淋」などがあります。
淋証の発生の仕組み
1.湿熱蘊結
外陰部が不潔で、穢濁の邪が膀胱に侵入し、化熱したり、辛辣物・肥甘厚味の過食、飲酒過多などにより湿熱を形成し、膀胱に下注します。或いは不安、心配などのストレスから労心過度となり、心陰を損耗し、虚熱が心と表裏である小腸に移り、膀胱に下注することもあります。湿熱が下焦で蘊結し、腎と膀胱の気化や固摂の機能が失調し、淋証を形成、排尿時に、灼熱感・刺痛を伴うものは、熱淋となります。さらに、膀胱熱盛により血脈を損傷すると、迫血妄行し、血尿や排尿困難が現われ、血淋を生じます。
湿熱により尿が煎熬され、尿中の物質が結晶化して砂石を生じると石淋となります。湿熱下注により清濁泌別が失調し、液状の脂肪などが尿中に混じり、尿が脂状を呈するものは膏淋です。
2.脾腎虧虚
湿熱による淋証の長期化などによる正気の損傷、先天不足、或いは加齢、久病などによる体質虚弱、或いは過労や性生活の不節制などが原因で、脾腎虧虚を発症します。脾虚による中気不足から気虚下陥となり少腹墜脹や小便艱渋がみられ、固摂低下から尿後余瀝などが生じると気淋(気虚によるもの)となります。
脾虚により脾気下陥・脾不統血を生じたり、腎陰不足から陰虚火旺を生じ、虚熱が血絡を灼傷したり、或いは下元虚冷により、腎の封蔵機能が低下したりすると排尿痛・血尿がみられ、血淋となります。
腎気不固により、精微を固摂できず、脂液が尿中に混じり、尿が混濁すると膏淋を生じます。脾腎虧虚により、疲労時には気虚下陥・下元不固を発症しやすく、排尿痛や小便淋瀝を生じやすく労淋を引きおこします。
腎陽虚衰により陰寒内盛し、また寒湿の邪を感受しやすくなり、腎と膀胱の気化や固摂の機能が失調すると寒淋を形成します。
3.肝鬱気滞
悩みや怒りなどのストレスにより、肝の疏泄失調を生じ、肝気鬱結から化火し、気火が下焦に鬱して、膀胱の気化を失調させ、少腹脹満、小便艱渋、尿後余瀝などがみられ、気淋(気滞によるもの)を発症します。
4.寒湿
寒湿の邪の感受、寒涼物の過食などにより、寒湿が下焦に停留し、寒湿の邪の「凝滞」「重濁」「粘滞」などの性質により、膀胱の気化失調や水道不行となり、寒淋を形成します。
5.血瘀
邪熱による血脈損傷、気滞による血行不暢、病症の慢性化により血瘀を生じ、膀胱の気血瘀滞により、血が循経せず溢出し血淋がみられます。
膀胱炎の漢方治療のポイント
漢方治療では、まず各種淋証を区別し、更に証候の虚実を弁別します。
初期の淋証は、実証が多く、治療方法は祛邪が中心となります。一方、慢性期の淋証は、虚実挟雑が多く、治療方法は扶正祛邪が多くなります。
また、癃閉、尿血、尿濁などとの類証鑑別も重要です。
癃閉は、排尿困難、小便量少、甚だしければ点滴、尿閉などを特徴とし、淋証と類似しますが、排尿痛が見られない病証です。
尿血は、小便に血が混じる病証で、溺血、溲血ともいいます。血尿の一種で、尿血は多くの場合、排尿痛は無いか、軽い脹痛や熱感を覚える程度で、血尿と共に、排尿痛が見られる血淋とは異なります。
尿濁は、尿が米のとぎ汁の様に混濁し、膏淋に類似しますが、排尿痛や小便短渋、淋瀝不暢などはみられません。
大腸菌などによる急性単純性膀胱炎は、抗菌薬が有効であり、漢方よりも優れた治療といえると思います。
一方、慢性化してしまっている場合や、過労やストレスで膀胱炎を繰り返してしまう場合、或いは、細菌感染以外の膀胱炎症状を呈する場合などは、漢方治療が有効だと思います。
もちろん、他の疾患同様、その方の症状、体質、悪化条件、好転条件、随伴症状などにより、用いられる漢方薬は、異なります。「膀胱炎には○○湯!」というように病名だけで、漢方薬を決定することはありません。