アトピー性皮膚炎
アトピー性皮膚炎は、当薬局で、最もご相談の多い疾患です。
中国よりも日本の方が発生頻度が高いようです。そのためか、中医皮膚科の書籍では「異位性皮膚炎」「遺伝過敏性皮炎」「変位性皮膚炎」等として記載されていますが、あまり詳細ではないようです。中国の古典に於いても「浸淫瘡」「血風瘡」「四弯風」「旋耳瘡」等、アトピー性皮膚炎と思われる記載がありますが、本疾患とは同定困難です。
日本人にアトピー性皮膚炎が多いのは、体質や生活様式によるものだと考えられます。
当薬局では、その部分に重点を置き、中医皮膚病学をベースに日本人の体質に合わせて漢方治療を行っています。
まずは、参考に日本皮膚科学会のアトピー性皮膚炎の定義・診断基準を記載してみましょう。
※クリックすると説明が開きます。
アトピー性皮膚炎の定義・診断基準(日本皮膚科学会)
アトピー性皮膚炎の定義(概念)
「アトピー性皮膚炎は、増悪・寛解を繰返す、痒みのある湿疹を主病変とする疾患であり、患者の多くはアトピー素因を持つ。」
アトピー素因:(1)家族歴・既往歴(気管支喘息、アレルギー性鼻炎・結膜炎、アトピー性皮膚炎のうちいずれか、あるいは複数の疾患)、または(2)IgE抗体を産生し易い素因。
アトピー性皮膚炎の診断基準
1.瘙痒
2.特徴的皮疹と分布
(1)皮疹は湿疹病変
- 急性病変:紅斑、湿潤性紅斑、丘疹、漿液性丘疹、鱗屑、痂皮
- 慢性病変:浸潤性紅斑・苔癬化病変、痒疹、鱗屑、痂皮
(2)分布
- 左右対側性 好発部位:前額、眼囲、口囲・口唇、耳介周囲、頸部、四肢関節部、体幹。
- 参考となる年齢による特徴
乳児期:頭、顔にはじまりしばしば体幹、四肢に下降。
幼小児期:頸部、四肢屈曲部の病変。
思春期・成人期:上半身(顔、頸、胸、背)に皮疹が強い傾向。
3.慢性・反復性経過(しばしば新旧の皮疹が混在する)
乳児では2ヵ月以上、その他では6ヵ月以上を慢性とする。
上記1.2および3の項目を満たすものを、症状の軽重を問わずアトピー性皮膚炎と診断する。
そのほかは急性あるいは慢性の湿疹とし、経過を参考にして診断する。
診断の参考項目
- 家族歴(気管支喘息、アレルギー性鼻炎・結膜炎、アトピー性皮膚炎)
- 合併症(気管支喘息、アレルギー性鼻炎・結膜炎)
- 毛孔一致性丘疹による鳥肌様皮膚
- 血清IgE値の上昇
臨床型(幼小児期以降)
●四肢屈側型 ●四肢伸側型 ●小児乾燥型 ●頭、頸、上胸、背型 ●痒疹型
●全身型 ●これらが混在する症例も多い
重要な合併症
- 眼症状(白内障、網膜剥離など)とくに顔面の重症例
- 伝染性軟属腫
- 伝染性膿痂疹
- カポジ水痘様発疹症
アトピー性皮膚炎の非アレルギー的側面
アトピー性皮膚炎では皮膚の一番外にある角質層のセラミドという脂質が減っていて、バリア機能が落ちていることがわかっています。したがって、アレルギー反応よりも、むしろバリア機能の低下が根本原因で、その結果、アレルゲンや細菌などの異物が入りやすくなり、アレルギー反応を生じるという説もあります。
アトピー性皮膚炎と「フィラグリン」
アトピー性皮膚炎において皮膚のバリア機能が落ちる原因として、注目されているのが、「フィラグリン」という物質です。
皮膚には「表皮」があり、角質層が皮膚のバリア機能を果たしています。フィラグリンとは表皮の顆粒細胞で産生されるタンパク質の一種で、バリア機能の主役である角質層を形成するにあたり、ケラチンとともに重要な働きをしています。つまり、フィラグリンが作られないと、角質異常がおこり、皮膚のバリア機能の破綻とドライスキンをおこします。そのため、アレルゲンが侵入しやすくなり、アレルギー反応が起こりやすくなります。アトピー性皮膚炎の患者さんに、フィラグリンの遺伝子異常が多く見つかっていて、アトピー性皮膚炎治療の鍵となる物質として、注目されています。東洋医学的に見れば、フィラグリンの不足は、脾失健運(消化器の機能失調)による正気の不足と考えると理解しやすいと思います。
内因(七情)とアトピー性皮膚炎
喜・怒・憂・思・悲・恐・驚という感情の変化を七情といいます。
外界からの精神刺激を心(しん)が受け、それにより精神情志の変化である七情を生じます。七情はもともと外界事物に対する自然な感情表現であり、通常は発病因子にはなりません。
しかし、強烈な精神的ストレスを受けたり、長期的に精神的刺激を受け続けると、生理的に調節できる許容範囲をこえてしまい、臓腑の機能や気血の循環などが不調となり発病します。また、精神刺激に対する身体の調節能力が低下している場合も発病します。
七情が気機を撹乱すると、気上、気緩、気消、気下、気乱、気結などがみられます。
特に中高生から成人のアトピー性皮膚炎は、七情との関係が強いものが少なくありません。受験や就職などをきっかけに発症したり悪化するケースも多くみられます。
漢方的にみたアトピー性皮膚炎の発生の仕組み
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1.アトピー性皮膚炎の発生の基本的な考え方
アトピー性皮膚炎は、外部環境、ストレス、疲労、食事、ホルモンバランスや月経など、様々なことに影響されやすいため、なかなか手強い疾患です。その発症の仕組みは複雑であり、多くの病証が絡み合っていますが、その最も根本は、漢方でいう正気(気・血・津液・精・陰・陽)不足です。根本原因である正気(気・血・津液・精・陰・陽)不足に、外部環境による六淫、食事の不節制、ストレス、過労などの誘因・増悪因子が加わることにより、発症或いは悪化します。
2.正気の不足とアトピー性皮膚炎
「気虚」になると、気の防御作用の低下から、皮膚のバリア機能が低下し、外界からの刺激に反応しやすくなったり、気化作用の低下から血や津液、精などの生成が不足し、さらに正気不足となり、皮膚を栄養できなくなります。
「血虚」になると、血の栄養・滋潤作用が低下するため、皮膚の乾燥、痒み、カサカサした皮膚がポロポロとはがれる(落屑)などがみられます。
「津液不足」では、滋潤作用の低下から、皮膚が乾燥しカサカサになり、白い薄片がポロポロ落ちる、張りが無くなりザラザラする、などを生じ、「陰虚」になると、さらに、患部の赤みや熱感などの熱症状がみられます。また、「腎精の不足」は、副腎の機能にも影響を及ぼします。
3.五臓とアトピー性皮膚炎
a.胃腸(消化機能)が弱い >>> 脾失健運
漢方では「脾は肌肉を主る」といいます。
ここでいう脾は現代でいう脾臓ではなく、「消化器全般」です。
アトピー性皮膚炎の好発部位である肌肉は脾と関係が深く、肌肉が壮健であるか否かは、脾の働きに懸かっています。
また、脾の運化によって供給される水穀の精微は、気・血・津液・精などの正気を生成する基礎物質であるため「脾は後天の本、気血生化の源」ともいわれています。
脾の働きの低下により、肌肉の栄養が不足し、滋養されないと血虚や陰虚となり乾燥や痒みを生じます。
また、気虚による防御作用の低下から、皮膚のバリア機能が低下し、外界からの刺激に反応しやすくなったり、伝染性軟属腫(水イボ)や伝染性膿痂疹(とびひ)などの感染症に罹りやすくなります。
さらに、長期にわたると腎精も不足し、副腎の機能にも影響します。脾失健運から水湿の停滞を生じると、ジクジクとした滲出液がみられます。
化熱して湿熱となると、赤みとジクジクがひどくなります。
b.ストレス、イライラ >>> 肝気鬱結
漢方では「肝は疏泄を主る」といいます。 肝は全身の気・血・水液の流れや精神情志活動、消化機能がスムーズに行われるようにコントロールしており、それを肝の疏泄作用といいます。漢方においてストレスなどの精神刺激を真っ先に受ける臓腑は肝です。肝がストレスを受けると肝の疏泄作用が失調します。その結果、気・血・水液の流れや消化機能が低下して、aの脾失健運となり肌肉が滋養されなくなったり、イライラから熱を生じ血熱となり、痒みや紅斑、血痂などを生じることもあります。
当薬局の治療経験では、アトピー性皮膚炎の患者さんは、皮膚の症状そのものがストレスになっているケースが多くみられます。小児アトピーでは、いじめの対象となっていることもあります。
漢方で肝の疏泄機能を正すことにより、皮膚の改善と共に、心(こころ)も元気になってきます。
c.肺の弱り>>>肺気虚弱
漢方では「肺は皮毛に合す」といいます。 皮毛は皮膚・汗腺・体毛を包括しており、汗の分泌の調節や外部からの刺激に対しての防御をしています。肺の生理機能が正常であれば皮膚は潤沢で、外部からの刺激やアレルゲン、細菌やウィルスの感染などに対しても抵抗力があります。しかし、肺気が虚弱で皮毛に衛気や津液を送ることができないと、皮膚に潤いやツヤが無くなり、防御作用も低下し、外部からの刺激の影響を受けやすくなり、伝染性軟属腫(水イボ)や伝染性膿痂疹(とびひ)、カポジ水痘様発疹症などの感染症にも罹りやすくなります。
e.腎気虚衰
漢方では、「腎は精を蔵す。」といいます。
ここでの「精」は、エネルギーやホルモンと考えると良いでしょう。
腎精は、両親からもらった「先天の精」をベースに、脾胃の運化により、水穀の精微から生成された「後天の精」で補充されています。そのため、腎を「先天の本」、脾胃を「後天の本」と称します。
腎精は、生理活動により、腎陽と腎陰に分けられます。
「腎陰・腎陽はすべての陰陽の根本」といわれており、また、「精血同源」などから、腎精が不足するとすべての正気(気・血・津液・精)が不足し、肌肉を滋養できず、前述のように皮膚のバリア機能の低下や滋潤の不足による乾燥・痒み、或いは陰虚から虚熱を生じると、紅斑や血痂なども見られます。
また、ステロイドの長期使用なども腎を傷ることがあります。
4.瘀血の形成
アトピー性皮膚炎が長期化すると血の流れが悪くなり、漢方でいう「瘀血」が形成されることがあります。皮膚が黒ずんだり、肥厚、甲錯などが生じます。長期化したケースに多いため、成人型アトピーに多くみられます。
5.外部環境
漢方では人体に影響を及ぼす気候変化を「六淫」といい、風・寒・暑・湿・燥・熱の六種の邪があります。アトピー性皮膚炎において、六淫の邪は、根本的な原因ではありませんが、他の病機における誘因或いは増悪因子となります。
アトピー性皮膚炎の漢方治療のポイント
アトピー性皮膚炎の発生の仕組みは、正気不足+誘因・増悪因子(邪実)です。
したがって、アトピー性皮膚炎の漢方治療の原則は、正気を補うことを主体に、誘因・増悪因子となる邪を除去する扶正袪邪という方法が主体となります。
そのため、「扶正袪邪」の原則に基づき、
1.現在、生じている不快な症状(痒み、赤み、乾燥、鱗屑、痂皮、あるいは湿潤など)に対し、皮膚の状態や段階に応じた治療を行います。
2.気・血・津液・精及び五臓六腑の働きを充実させることにより、肌膚を滋養し、本来の健康な皮膚を取り戻すことを主たる治療とします。
☆1と2は、症状などにより段階的にあるいは併行して行います。
1はどちらかというと対症療法であり、根本的な治療としては2が大切です。
3.感染症の予防
以下のような感染症は、アトピー性皮膚炎の治療の大きな妨げになります。
アトピー性皮膚炎の悪化やステロイドのリバウンドなどと思っていたら、実は感染症を併発していたということも少なくありません。適切なスキンケアと漢方薬により、感染症を予防し、治療をスムースにしましょう。
伝染性膿痂疹(とびひ)
主に黄色ブドウ球菌の感染。水疱、膿疱ができ、破れて汁がついて次々にうつり、増えていく。
子供に多く、梅雨時から夏に多い。
カポジ水痘様発疹症
単純ヘルペスウィルスの経皮感染。
水疱、膿疱が増える。リンパ節の痛み・腫れ、発熱を伴う。
重症のアトピー性皮膚炎の人に多い。再発を繰り返す事がある。
発症にナチュラルキラー細胞活性(免疫力)の低下が関係している。
伝染性軟属腫(みずいぼ)
伝染性軟属腫ウィルスの感染。
子供に多い。プールでうつる事がある。
4.一般的に小児は、消化器の未熟さや体質の虚弱などから、食物などの影響を受けやすい傾向にあり、成人は食物の影響は少なく、ストレスや過労などにより悪化することが多く、ステロイド皮膚炎などがみられることもあります。
アトピー性皮膚炎の注意点
- 乳児期のアトピー性皮膚炎は顔や頭、ほっぺたなどにジクジクした湿疹が多くみられます。いわゆる乳児湿疹とよばれるものの8割ぐらいまではアトピー性皮膚炎だろうといわれていますが、厳密には生後6ヶ月まで鑑別できません。
- 過度の食事制限は、気血両虚などを生じ、かえってアトピー性皮膚炎を悪化させるケースが多くなります。偏食をさけ、適量をまんべんなく与えることが大切です。
- 消化機能がまだ未熟で、食べたタンパク質の分解が不十分だと、これを体が異種タンパクととらえて、それに対してアレルギー反応を引き起こしやすくなります。
そのため、アトピーの心配がある赤ちゃんの離乳食はやや遅めにして6ヶ月を過ぎてからスタートしましょう。 - ケーキやプリンなどの加工食品は、例えば卵がどれくらいとか牛乳がどれくらい入っているかというのがわかりにくく、食品添加物も含まれています。
そのため、加工食品はできるだけさけて、卵、牛乳などの量をコントロールしやすい単品で与えるようにすると良いでしょう。 - 赤ちゃんにはできるだけステロイド剤は使わないほうが良いでしょう。また、おむつはこまめにかえて、おむつかぶれを予防することも大切です。
- 衣類はゆったりしたものを着せ、肌着のすすぎは念入りにしましょう。
- アトピーっ子のいる家庭では禁煙を心掛けるとともに、部屋をすっきりと片付け、ホコリをためないように心がけましょう。
- 入浴剤などでアトピーを悪化させることもあり注意が必要です。
- 羽毛や羊毛の布団、そば殻の枕などもアレルギーのもととなることがあります。
- 消化器系の疾患があると、アレルギーを起こす確率も高くなります。消化器の不調がある場合は、それを治すことも大切です。
- 過度のアルコールや睡眠不足、ストレスは自律神経のバランスを悪くし、免疫と抵抗力の低下を起こすのでアトピーを悪化させます。規則正しい生活をするのがアトピーを悪くさせないコツです。
☆アトピー性皮膚炎は、外部環境だけでなく、ストレス、食事、生活習慣など様々なことに影響を受ける疾患です。
漢方的な悪化要因や症状に合わせた臨機応変で、細やかな対応が必要となります。
是非、一度ご相談下さい。